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上野優作が浦和にやって来る!

 

上野優作と言えば、サンフレッチェ時代に佐藤寿人のJリーグ最速ゴールをアシストしたことでも話題に。

 

上野優作の経歴

筑波大学在学中にはユニバーシアード代表のエースストライカーとして優勝に貢献し、1996年にアビスパ福岡に入団、すぐにレギュラーを獲得。1998年あたりから出場機会が減少し、1999年はほとんどがサブとしての出場となった。

2000年に久保竜彦の控えとしてサンフレッチェ広島F.Cに加入するも、高橋泰や途中加入した栗原圭介が評価され、出場機会はほとんど与えられなかった。

2001年に京都パープルサンガに移籍すると黒部光昭らとともに活躍し、京都のJ1昇格に貢献する。2003年からはアルビレックス新潟へ移籍すると、我那覇和樹と並んで日本人最多の13ゴールを挙げ、2003年最終節にて決勝ゴールを挙げるなど、新潟のJ1昇格に貢献した。

2006年、広島にレンタル移籍し、翌2007年にレンタル元の新潟からの戦力外を受けて、広島へ完全移籍した。同年6月、かねてからオファーを受けていた栃木SCへ完全移籍した。主力として活躍し、2008年末のJ2昇格に貢献、同年末に引退した。




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2009年、栃木SCのフロント入りし、地域活性化グループ テクニカルディレクターに就任。

2010年、栃木SCのコーチに就任。同年JFA 公認S級コーチに合格。2012年、ヘッドコーチに昇格。

2013年にアカデミーダイレクター兼ユース監督、2014年にユース監督、2015年にヘッドコーチに夫々就任。2015年9月にヘッドコーチを辞任した。なお、下野新聞は「辞任するつもりは無かったが、現体制では厳しかった」と語ったと伝えている。

元Jリーガーとして活躍していた上野優作は、2010年にS級ライセンスも取得しているのでJ1でも監督をする事が出来る。

 

上野優作のインタビュー動画

彼はJ1に対して熱い思いを語っていた。

 

そして、育成コーチとしてJ1の舞台に帰って来たのだ。

 

今度は未来にJ1で活躍出来る選出を育てて監督としてトップチームで指揮をとる事が目標だ。




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